もっとも美しいコインの第2弾は近代銀貨編である。近代とはいつという質問をいただいたが、ここではデニス・R・クーパーの「The Art and Craft of COINMAKING」に従って1780年以降とすることにする。
コインの製造方法は時代とともに進化を続けた。製造方法で分類すると3つに区分していいだろう。①古代ギリシアから中世ま。人力によるハンマードコインとなる。 ②スクリュー式機械(人力で動かすもの)を使用したコイン。 ③蒸気や電力を用いたプレス機によるコイン の3つである。ここでは③のプレス機が登場してからを近代コインと便宜的に呼ばせていただくことにしたい。では、「もっとも美しいコイン②近代銀貨編」の本論に入ります。最初にご紹介するのはイギリス・ゴシッククラウン銀貨である。
この画像では表面、裏面の両方を並べてアップしているが、実物のコインを初めて手に取ったときを想像していただきたい。まず表面を見るだろう。表面はエリザベス1世。王冠とドレスが細部まで表現され、かつ銀の地肌部分を大きく取ることで女王の姿が浮く上がってくる。見事なバランスだ。続いてコインを裏返す。時に目に飛び込んでくるのは、コイン全面に、しかも隙間無く施された繊細なデザイン! 表面を最初に目にして、次に裏面を見たときの誰もが驚くだろう。大胆かつ繊細なこのコインのデザイナーはウィリアム・ワイオン。また、このデザインを完璧に刻印した王立造幣局の技術力にも驚く。ゴシッククラウンが製造された1847年は、日本では弘化4年、徳川家慶の時代で寛永通宝や一分銀の時代なのだから。
次にあげていいのは、ロシアの通称ファミリールーブル。1835年と1836年にわたり発行された1と1/2ルーブル銀貨で、発行枚数は合計でわずか86枚。皇帝ニコライ1世の家族のために発行されレアコインである。1835年と1836年の違いは裏面の7人の肖像画の処理である。1835年には7人の子供たちが中央の皇后アレクサンドラのようにサークルの中に入っている。その写真を見つけることができなかったのでKMカタログの図版を掲載いたします。
▲上が1836年
▼下が1835年
2枚を見比べると確かに1836年のほうがスッキリして、いいデザインだと思う。が、この変更には他の理由があるように思う。実はこの1835年はデザイン盗用の可能性が高いのだ。下の写真はドイツのバイエルンで1828年に発行されたルードヴィッヒ1世のターラー銀貨の裏面だ。
サークル内の子供の人数が8人と、それぞれの名前が刻まれているという違いの他は、ほぼ同じと言っていいだろう。発行枚数は不明だが通常貨として発行されたので、その一部はロシアにも流入し、ロシア帝国造幣局のデザイナーが見て、ファミリールーブルのデザインに使用した可能性は否定できない。ロシア皇帝とその家族の繁栄を祝う記念コイン(1835年版)が、「皇帝」よりランクが低い「王」のコインのデザインを盗用したとあらば、ニコライ1世は当然激怒したと思われる。そのためデザインの一部を変更して1836年に再度発行されたのではないかと小生は考えている。しかしデザイン変更の理由が何であれ、1836年のファミリールーブルは装飾過剰になりやすいコイン・デザイン界においては、シンプルに徹したデザインという意味で名品と言っていい。1835年、1836年ともにオークションで見かける機会は少ない。ロシアコインコレクターにとっては、この2枚を同時に所有するのが夢だ。
次の候補は、またしてもイギリスのスリーグレイセス。1817年のジョージ3世のクラウン試鋳貨であり、金打ちも存在する。レアリティは「ENGLSIH SIVER COINAGE」によるとR2の「Very Rare」だから50~100枚は存在すると思われる。デザインはW・ワイオンとあって日本でも人気が高いコインだ。下の写真の通り彫りも深くシャープで、大変見栄えがする。
しかし、スリーグレセスを「もっとも美しいコイン」に加えるかと聞かれれば筆者は迷ってしまうのだ。その理由は、表面のジョージ3世の肖像だ。ジョージ3世は「The Madness Of King George」という映画が出来るほど精神疾患に悩まされ、1820年に他界するまで隔離されていたとのこと。このコインは王が崩御する3年前に作られたためか、ジョージ3世の肖像はやや不気味である。さらに、このコインの名声を高めた裏面の3人の女神像にも問題がある。
三人の女神像をアップするとこんな感じになる。はっきり言って美しくないのだ。右側の女神のポーズはバランスが悪く不自然だし、さらに中央の女神の肩にかけた右手の品のなさ。名匠ワイオンのデザインとは思えない。ということでこのブログでは「スリーグレイセス」はもっとも美しいコインにはノミネートしないことにいたします。ファンの方ごめんなさい!
「もっとも美しいコイン ③近代銀貨編」につづく